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オタクの巣窟ですが、何か?
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臓器移植のために、死の定義が緩められようとしている。

薄ら寒いばかりです。

今までは心臓死(本人の生前の意思があれば脳死)であったものが、

一律に脳死が人の死であると定められようとしている。

移植を待つものとしてはその方が都合がいいだろう。

心臓や肺は、心臓死とともに使えなくなるのだから。

だけど、脳死は本当に人間の死なのだろうか。

わずかではあるが、脳死と判定された人間がよみがえった例を聞くと、

勝手に殺すなと言いたくなる。

他人を生かすために、自分の、たとえわずかとは言えど生き残る可能性を奪われたくはない。

だから私は、ありとあらゆる臓器の提供を拒む意思を表示したカードを財布の目立つ位置に入れています。

もしも、本当に100%甦る可能性がなかったとしても、私は臓器提供を拒みます。

なぜなら、私の臓器が、提供を待つ権力者の縁故の型と一致してしまったら、

臓器欲しさに治療に手を抜かれた日には・・・、あまつ積極的に殺された日には堪ったもんじゃないから。

それより、本人の細胞などで臓器を再生する技術確立に予算を回したほうがいいんじゃないでしょうか。

遺伝子レベルでの異常なら、遺伝子治療の技術ですね。

何が何でも他人の臓器・・・、しかも押し通そうとしている案では意思表示をできない子供まで門を広げ、

臓器を奪い取ろうとしないで欲しいですね。

大人ならば、意思表明できる状態のうちに明確に表示しておけばいい。

提供の意思がある人が、心臓死や脳死になったときには有難く使わせてもらっていいと思う。

現状では、臓器移植しかないから、それ自体を否定はしない。

でも、そのために望まぬものから取り上げるような真似だけは絶対にやめて欲しいだけだ。

自分が安全なら、私も考えるんですけどね。

骨髄移植のも、末梢血から採れるなら、ドナー登録喜んでするんですけど。

今の採取方法では、見ず知らずの人間のために犯すにはリスクがでかすぎです。
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